投稿者: satorukojima10 Page 3 of 36

本気になるまでの過程が長い

子供は本気になれば十分な力を発揮する

これはどんな子供でも絶対に言えることだ

しかし、その本気になるまでの過程が長いと十分な力が発揮できない

そしてそれがマンネリ化してしまうと「自分の能力はこの程度だ」と思い込んだり、それに安住してしまう

でも勉強の様子を見ていると、「能力」というよりも「取りかかるまでの過程が長い」ことが多い

まずはスマホの確認を一通りするから結局何時間も勉強にとりかかれない

普段から机や棚といった勉強の環境を整えていないから、ずっと取りかかれない

逆に言えば、そういった悪い癖に気付き良い習慣に体を馴染ませていくことや、一度机や棚など勉強の環境を整えて「取りかかりを素早くする」ことができれば

必ずや次第に能力を発揮していく

発揮し始めれば、予想を超える能力を発揮していくことが多い

どんな子供でも、本気になるまでの過程が長いと能力が発揮できないが

すばやく取りかかることができれば想像を超える能力を発揮し始める

 

2学期中間テスト優秀者・向上者

2学期になって初めて400点を超えたのは相当な努力の結果だ

これまでしっかりした意志を持ち続けた証であり、人生のひとつの大きな壁を乗り越えたのだ

「やればできる」という言葉はありきたりだが、今回初めて大きな目標に到達したことを「自信」にして

これからも「やればできる」を自身の大切な糧にしていってほしい

今を全力!今が人生で最高になる毎日を

人は落ち込んでいたら本来の力が発揮できない

良い結果が出せたら気分も上がってきて、もっと本来の力を引き出すことができる

逆に悔しさを跳ね返す勢いで取り組むときも、本来の力を引き出している

いずれにせよ本来の力を引き出している時は「全力」になっている

人は「全力」を出すときに「のめり込み」「粘り強く」取り組み、その時に大きく成長する

気が付いたら未来が変わっている

予想を超えた未来はそうやって訪れる

毎日、今が人生で最高の日々なんだと実感するだろう

それは余暇や娯楽や快楽とは全く別の充実感であって、それこそが真の幸福感だ

実際「全力」で「のめり込み」「粘り強く」取り組んでいる時が最も輝いている

自分で見出した勉強方法は最強

自分にとって「やりやすく」そして「効果がでる」勉強方法を考え出そう

「こうしなければならない」と他人に言われたことは勿論重要なことだが

「こうすれば効果が出るぞ」と自分で見出した勉強方法は、自分にとって「やりやすい」

“宿題”という響きは“他人から言われたこと“という感覚が強いと思うが、”宿題“も自分の見出したやり方でやれば「やりやすく」「のめり込める」

「効果が出る」というのは、この「のめり込める」部分が必要だ

テキストや宿題をどのようにやるのか

まずは先生に相談し、自分の考えを伝えてみるのもいい。そこで先生も「それはいいかもしれないから、やってみるのがいい」と言ってくれれば尚「のめり込める」

自分で編み出した勉強方法だから「気分もいい」

「気分がいい」から「のめり込めて」「効果もでる」

やりながらアップデートさせるのもいい

のりしろを貼りあわせるように繰り返しながら進めてみることや、テスト形式で確認してみることや

読むだけでは気づかないこともあったりするから「一度は書いてみる」など

本質的な勉強から逃げてはいけない。理解しないといけないところは理解しないといけない

理解するための自分の方法も見つけておこう。例えばネットの検索の仕方やお気に入りの学習YouTubeを見つけておくとか。もちろんまずは先生に手際よく質問する方法など

自分自身、自信の持てる勉強法をもとう

自信の持てる勉強法を見つけて構築することができれば、

必ず本来の才能が噴出し始める

危機管理意識

不安感はもってはいけないが、良い緊張感という意味で

危機感は持つべきだ

テスト本番でのケアレスミスは徹底的に防止策を考えておくべきだが

それでも予期せぬことはあるものだ

大事なことは予期せぬことまで計算に入れてやるべきことを見定めること

「ギリギリなんとかいけるかな」「ワンチャンいけるかな」

という意識だと、あと一歩のところが不足してしまう

一見あと一歩に思えるようでも実はあと十歩くらいあることも多い

「もう一回やってみよう」「もっと完璧にしてやろう」

といった粘り強い姿勢が目標達成につながる

雑念を振り落としもっともっと自分のパワーを噴出させられるよう頑張ろう

不安感はもってはいけないが、良い緊張感という意味の危機感は持つべきだ

自分にある本来の能力を噴出させる

「無理だと思ってしまうからやらない」

「めんどくさいし、やってもそれほど効果が期待できないと思うからやらない」

などなどは

自分にある本来の能力の噴出にフタをしてしまっている

「自分の方が成績が良かったから次もそのはずだ」

「前回、良い成績が取れたから次も取れるはずだ」

自分に自信をもつことは必要で大切だが過信になってしまうと自分にある本来の能力の噴出にフタをしてしまう

「何をどんなペースで日々やっていけばいいのか」を見失わないことが最も大切だ

「今まで何回もチャレンジしたけどダメだったから自分の力はここまでだ」

と思い込んでしまうのも自分にある本来の能力の噴出にフタをしてしまう

能力がないのではない。能力が噴出するパイプがうまく機能していないだけなのだ

うまくパイプがつながるには少し時間がかかるのかもしれない

もしかするとあと1か所つながれば一気に噴出するところまで来ているかもしれない

「これだ!」という自分自身の本来の能力が現れるコツが見つかりさえすれば一気に形勢は変わる

それは何か習慣を変えることかもしれない

いずれにせよ「必ず自分の能力を発揮させる方法はあるはずだ」という気持ちを忘れず「その方法をあきらめずに探し出す」ことだ

「これだ!」という自分自身の本来の能力が現れるコツが見つかりさえすれば一気に形勢は変わる

そして何をどんなペースで日々やっていけばいいのかについても状況に応じてアップデートさせていくことだ

自分の力が上がればそれに相応しいやり方も変わってくる

偏差値50台から60台へ突き抜けるには

中3生だと1、2年の範囲での未完成分野が残っていることが多い

未完成な部分を十分補完出来ずに総合問題や実力問題ばかりを頑張っても偏差値60の壁を突き破ることは出来ない

総合問題や実力問題をこなすことは大切だが、それを通して「自分はどこが未完成なのか」を把握して、じっくりそこを補完しないといけない

その補完は過去の定期テストで9割から満点にする勉強になり、付け焼き刃な勉強では未完成なままになってしまう

しかも実力問題は定期テストよりもレベルが上がるので、ワンランク上のレベルまでやり込まないといけない

必要なものは「未完成部分で大切なことを網羅的に復習し、さらに偏差値60レベルの実力問題も網羅する教材」で、なかなかそういう教材を見つけることが難しいと思うが、物に溢れる今の時代だからそういう教材は探せば存在しているもので本当にいい時代になったと感じることが多い

またその教材は科目によって異なり、またはいくつかの教材の組み合わせになることもある

預かった一人一人の生徒の成績を偏差値60台まで引き上げるには

「中3の2学期に相応しい教材(定期テストから実力テストレベルへ)」

「その生徒の目標レベルに相応しい教材」

「科目ごとに相応しい教材」

を教員が見抜き見つけ出し、そして

「教材の組合せ方」「その生徒に必要な部分(未完成を的確に補完する)」を一人一人に的確に指導することだ

「一人一人に的確な」が生命線だ。そこを一律に指導していてはいつまでたっても未完成部分を補完して実力問題レベルに引き上げることは出来ない

何をやればいいのか迷いながら模索する努力をさせてはいけない。砂上の楼閣になってしまう努力をさせてはいけない

「一人一人に的確な」の部分で教員の真のスキルが必要になる

そして最後はそれを「やり抜く」ことを「いろんなテストがある2学期の状況に応じて」臨機応変に手綱を引くことだ

一人一人の壁を確実に突き抜けることが出来る塾にしたい

子供が、やれば出来るという前向きな将来に向かっていけるために

やり抜く力を身につける

「宿題をどこまでやり抜くか」「宿題を通してどれだけのものを吸収できるか」は成績を伸ばす重要要素だ

レベル1→期日間際までに一通りやる

レベル2→早めに一通りやって、間違い直しまでする

レベル3→早めに一通りやって、間違い直し・覚え直し・ポイントのまとめまでやる

まずは期日までに一通り出来ないことも多々あるように思う。そういう場合は「授業を受けただけでは実践力はついてない」ことを思い出すべきだ。スポーツでもそう、コーチに教えてもらってその時出来たからといって実戦で出来るかといえばノーだろう。宿題で家庭学習でしっかり繰り返しを行って初めて実践力は向上し始める

次に一通りやったら「完了した気分」で満たされてしまうことが多いと思う。成績を伸ばすためという観点だとそれは非常にもったいないやり方になる。実戦で発揮したいなら「間違い直し・覚え直し・後からいつでも見直せるようポイントをまとめる」ことだ

“同じように宿題はやっているのに「差」が現れるのは何故だろう?”

もともとの能力の違いでは決してない。「一通りやり抜く力」「間違い直しをやり抜く力」「覚え直しをやり抜く力」「ポイントをまとめることをやり抜く力」なのだ。そして他人のその「やり抜く力」は見えにくいのだ

こういう「やり抜く力」を身に着けたら、勉強以外のことでもその「やり抜く力」が自然と発揮されるだろう

もしくはスポーツで「やり抜く力」を身に着けたら、勉強でも「やり抜く力」を自然と発揮できるだろう

やり抜く力を身に着けられるよう奮闘してほしい

それが必ず様々な点で幸せな未来につながるから

子供の心は真実の方向に向く

強制力でいうことを聞かせるのは最上の教員ではないと今になってあらためて思う

なぜなら強制力では心を変えられないから、子供が本当に宿している能力の半分は引き出せるかもしれないが、結局はもう半分の能力を潰してしまうことになる

心で分からせないとその子の本領を引き出すことは出来ない

心で分からせるには?

心はよっぽどなことがないと急には変わらない

根気強く丁寧に動かさないといけない

多大な時間と忍耐と許容と寛容が必要だが、その根底にあるものはその子への愛情と成長への願い

強制力を執行することは簡単な方法だが、心を折ってしまうと愛情も成長の願いも無意味になってしまう

世の中に簡単な方法などない。ましてや人の心を動かすのに「簡単な」方法があるだろうか。人の心ってそんな簡単で単一なものだろうか

多大な時間と忍耐と許容と寛容をもつ気概が最低条件で、それから工夫と知恵とスキルそして言葉が必要だ

「愛情と願いをとめどなく澱みなく持ち続け何度も知恵を絞る心と言葉に、必ず子供は反応し真実の方向に心を向ける」

という「信念」をもつことだ

恐らくその真実の方向こそが教員自身の鏡なのだろう

教員とは子供の心を形成し子供の将来観を形成することに

とてつもなく大きな責任を負っている

毎日を楽しく充実させる

クラブや学校行事や新しい単元の授業や日々いろいろとあってそれに意識がいってしまい

自分の素晴らしい可能性や切り開ける未来が見えなくなっていることがあると思う

日々の多事に精一杯で、そんな中、憩いの時間をとることが幸せになっているのかもしれない

でも本当の意味で「毎日が楽しく充実する」のは「自分の可能性にワクワクし、日々確実にそれに向かっているという感覚」だ

もう一度「自分の素晴らしい可能性」「切り開ける未来」を思い描いてみよう

「可能性はない」ことは絶対ない。可能性を見出す気力が衰えているだけで、「可能性がないことは絶対にない」

目標の持ち方、心の整理、やることの整理が出来たら「別次元の楽しく充実した日々」に乗れる

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